正男がいる世界で正男がいる街から離れた場所で出来事が起きた。
その出来事の目撃者は正男よりも年下という年端も行かない若者であった。
~ 郊外 ~
春の季節・・・
平地では桜の花が咲いており、温かい空気に覆われており、
左右には頂上に雪が積もる程高い山々に囲まれている。
平地の至る所にある田んぼでは稲を作る為、既に水を張られ水田となっている。
その水田のど真ん中に一本の鉄道の線路が敷かれている。
電線が張られておらず、蒸気機関車が走りそうな雰囲気だ。
線路の向こうから二両編成の鉄道車両がやって来た。
のんびり走って来たかと思えば気の遠くなる程の長い直線に差し掛かると猛高速で水田地帯を突き抜けて行く。
この車両はディーゼル気動車であるが、技術の進歩により燃料では無く電気でエンジンを動かしているのである。
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~ 気動車の中 ~
気動車の車内は前後の向きを変える事が出来る座席、
車両の端に個室トイレが備わっており、長時間移動での快適性が保たれている。
だが、この車両の乗客は車両の真ん中辺りに座る少年ただ一人。
閑散しやすい時間帯と沿線区間の人口密度の低さが重なっているのか、乗客数は僅かに留まる。
その僅かな利用客である少年は一体どこへ向かうのだろうか?
車内のスピーカーから駅の到着の御知らせの自動音声のアナウンスが鳴り出す。
それに反応した少年は荷物の確認を取り始めた。
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~ 駅 ~
駅のホームにて
待合室やベンチには誰も座っておらず、自動販売機がポツンと佇んでおり何処か寂しげに感じられる。
線路の向こうから少年が乗る気動車が見えて来た。
その気動車がホームに入ると停車した。 列車の到着である。
備え付けの列車のチャイムが鳴るとドアが開きだし、そこから乗客である少年が列車から降りて来た。
無人改札を抜け駅舎から出た少年は荷物から取りだした地図を見る。
"ある地点"に二度揺らしながら指差した後、再び荷物に仕舞い歩き出す。
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~ 商店街 ~
彼が行く先でまず通り抜けている所は商店街である。
しかし、駅前の様な寂しさが此処にも伝わっていたのか通りにいる人は少なく、殆どの店舗が閉められていた。
地方都市で良く見るシャッター商店街そのものである。
静粛に包まれた商店街で、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら出口へ歩いて行く。
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河川に掛かる道路橋と閑静で長閑な住宅地を通り抜けようやく市役所に辿り着く。
そこが彼の"ある地点"の目的地であった。
~ 市役所 ~
市役所の自動扉が開きそこから少年が入って来た。 彼はそのまま真っすぐ奥に進み受付に立つ。
受付の前は誰もいなかったので、テーブルの横にあるインターンフォンのスイッチを押して呼び出した。
すると、受付の奥にある間仕切りから一人の女性職員が出てきて此方の方へ駆け寄って来た。
「こんにちは、要件は何でしょうか?」
要件を聞かれたのに対し少年は自分の名前を名乗り出す。
「えっと、前にレポートに関してご連絡をさせて頂いた○○さんですね。
遠方から良くお越しいただきました。 ではご案内させて頂きます」
職員は少年を上の階へと連れて行った。
職員が案内した部屋は何と市長室であった。
ある人物とは市長の事である。
少年は市長室の扉をコンコンと軽くノックした。
向こうから声が掛かり扉を開けて中に入るとそこには執務机に座る市長の姿があった。
少年と市長は対面する形でソファに座り込み、軽く挨拶を済ませると、
彼はすぐさま荷物から筆記用具とノートを取り出す。 市長の話を基にメモとして記す為だ。
早速、市長との対談を始めた。 その内容は、この街の事である。
この街の名称は鶴来市。 山間に囲まれた小さな町で、人口は一万にも達しない程。
元々は数件の民家だけの集落にも満たない地域であったが、
『都市開発機構』というとある大都市の組織がこの地域で新興住宅地として手掛けていた。
元々線路と国道の存在、建設バブルの波があったからこそ、この事業に乗り出していた。
しかし最近では正体不明の武装勢力、ペットモンの暴走による騒動、
高性能ロボットの暴走による大企業の風評被害など、忌々しい出来事があってかバブルが衰退し、
急成長を続けていた経済情勢は緩やかに低下した。
また大都市の一極集中、娯楽が無い、通勤時間が長さ
・・・という負の連鎖が重なり、開発に失敗した街の一つとして周囲から認知されていた。
後に都市開発機構の撤退し街の勢いがじわじわと下がり始めた頃、
別の街に住む女性が鶴来市長として立候補し、無投票で当選した。
彼女は数々の地方都市の衰退を悲哀し、現状を変える為の行動であった。
企業や公的機関の誘致の交渉や宣伝など出来る限りの政策を行い、現在は人口を微増させるまでに改善した。
だが、それでも予断は許さない状況に至っている。
以上で市長の街の歴史の話が終わる。 その時間は夕刻に入る直前であった。
少年が市役所に訪れた時、真昼間であった。
貴重な話を聞かされた少年は市長と握手と挨拶を交わした後、市長室から出た。
~ 廊下 ~
荷物を背負い、市役所の出口へ向かおうとしたところ・・・
「メインスポットの無い街に若者が来るのは貴方だけよ」
長椅子のある広いスペースのあるフロアで、
受付で出会った女性職員に話し掛けて来た。
「私は幸江。 受付や事務などこなしているわ。 それに先日、電話でアポ取りの話をしたのは私よ。
言葉が上手く喋れない貴方が、大胆な行動をしたのは驚きだわ。 貴方自身もそう思っている筈」
少年は普通の人とは違っていた。 彼は軽度の知的障害を患っており、
幼少の頃からは会話が上手く出来ず孤立に立たされていた。
また敏感に反応し易く、それが要因で他の子と暴力や暴言を振舞っていた。
年齢を重ねるにつれ、教員の支援などの支えをもあってか、
今の彼はある程度真面目に学習に取り組んだり、同級生との会話など改善の方に向かっている。
反面、鈍感な部分が見られ一部の周囲から大人しい人と思われているらしい。
その彼がこの街に訪れた理由は、学校で社会の宿題である。
内容は街の事をパソコンや本で調べ、それをレポートとして書き留める事である。
だが彼は直接街に行って、そこに暮らす街の人の声を聞くという大胆な方法を取ったのである。
他の人とは違う事をしてみたいという一心からという、昔の頃とは思えない積極振りである。
彼は街に詳しい人を探すべく前日市役所に問い合わせてみた。 その時の相手は幸江であった。
電話をする習慣が少なかった為、最初はぎこちない会話であったが何とか相手に伝わったみたいだ。
一件を受け入れた幸江は他の職員達と相談した。
そんな中、偶然通りかかって来た市長が職員達の会話を耳の中に入った。
少しでも街のイメージアップに繋がるかもしれないと思い、
市長自ら取材を応じる事になり、当日の対談に繋がった。
「滅多にない出来事ね、きっと貴方の事が周知されるかもしれないわ」
幸江の期待の声、少年は新聞に載って欲しいとは思ってないよと
少し微笑みながら軽く言葉を返す。
「夕暮れには危険な事が増えるから、早めに帰宅した方がいいわ」
危険な事が増える? 半信半疑であったが、後に野生動物の事だろうと考えを変える少年。
幸江との挨拶を済ませると、市役所を後にしたのであった。
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~ 住宅地 ~
市役所を出て帰路につく少年。 時間の都合上レポート取材の他にやる事が無くなってしまったからだ。
ただ時間があっても、公園でのんびりするか、ダムを眺めるかぐらいしかない。
ふと思ったらまたこの街に来れば良い。
そう思いながら来た道を辿り駅へ向かって行くのであった。
だが、この平凡な一人旅が瞬く間に崩れ去って行くのである。
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