〜 平原 〜
エルティナスの国から遠く離れた平原。
人の通りは少なく夜中でもあり、小さな虫の鳴き声を除けば静穏に包まれた場所であった。
しかし、今回の事を機にこの場所が騒がしくなる。
草原の先にある森林から戦士や魔術師、天使等、戦闘経験のある者達が続々と出てきた。
女戦士「むむっ、緊急の依頼でこの地方に訪れたが、あの街も酷くなってるみたいだな」
男戦士「全くだ。道中の洞窟とかで涙が出るぐらい臭かった。 こんな過酷さは始めてみた」
女魔術師「同感。 私もあの悪臭のお陰で、綺麗なマフラーが台無しになりますわ」
女天使「そんな事言わないで。 エルティナスが大変な事になってるのよ。
この事で地上に降りるのは久しぶりよ」
この戦士達は、エルティナスの異変に知らされ、遠方から駆けつけに来たのである。
女戦士「天使さんのお堅い性格は、この日も相変わらずね。」
女魔術師「あれっ? 向こうに何かがありますわ」
女魔術師が指す先には、数十のあるテントが設けられており、そこに大勢の人達が集まっていた。
どうやらここは、エルティナスの国民が緊急避難先として此処にいるのである。
戦士達は一斉に、その避難場所へ訪れた。 すると、見回りをしていた兵士が、テントに近づき声を掛けた。
テントから出てきたのは一人の男性であった。 その男は戦士達にとっては見覚えのある顔であった。
それはエルティナスの国の王である。
男戦士「うおっ! こんなところで王様に出会えるとは!」
エルティナス国の兵士1「無礼者! 王に向かってその口は…」
男戦士の気の抜いた態度に兵士は怒鳴りつけたが、王は片手で制止した。
エルティナス王「皆の者、よく来てくださった。 私はこの国の王である。」
女戦士「一体何があったんすか?」
エルティナス王「それがな…」
エルティナス王はこの忌々しい出来事の顛末を皆に語った。
王の話の中にリックスとエリーナが娘を捜索も含まれている。
男戦士「何だって、あの農民が?」
女戦士「むっ! 我が国のお姫様が!?」
女天使「それで、今でも帰ってこないのですか?」
エルティナス王「そうなのだ。 彼等にお願いしたのだが、一向に帰って来ない。
もしかしたら、奴等の手に堕ちているのかもしれぬ」
男戦士「本当かよ…」
エルティナス王「さてっ、君達の依頼は避難場所の守衛に当たって欲しい。
ここは一時的なものでな。 奴等が此処に嗅ぎ付けて来るかもしれん」
女魔術師「ここまで来て、今回の依頼はお守りとはね…。 まぁ額は高いから良いけど」
男戦士「俺、思ったんだけどな…。 アイツらの異色コンビはヤバイぐらい強いと聞いてるから、
そう簡単に死ねる訳が無い」
女戦士「そうだね、娘さんを探すのに手こずってるだけっすよ。 ここは私たちもあの街へ行けば…」
エルティナス王「だが、あの街はもう怪物の巣窟である上、今は夜中だ。
赴く気持ちは分かるが危険過ぎる。 日が昇るまで待て!」
女戦士「でも、私達はアイツ等と肩を並べるぐらい強いんですよ!」
エルティナス王「しかしいくら君達とは言え、相手は我々ですら手を焼いたものなんだぞ!」
戦士達はリックス達の事を知っており、そして心配をしている。
エルティナス王は戦士達の熱意を受け止めているが、危険と判断していた。
双方の意見に食い違いが生じ、やがて言い争いとして発展し始め、それに察知した女天使が引き止めに入った。
エルティナス国の兵士2「エルティナス王、申し上げます。」
エルティナス王「何事だ!」
エルティナス国の兵士2「先程、他の兵士が警備で回っていたところ、王の娘が発見されました。
草原の上で倒れていたらしく、怪我は無かった様です。」
エルティナス王「何だって!」
戦士達全員「!?」
近くの草原で王の娘が発見された事に、王や戦士達は驚きを隠せなかった。
エルティナス王「ところで、娘はどこにいる?」
王の娘「パパッ!」
向こうから、二人の兵士が王の娘を連れてきた。
娘は王の顔を見詰めると、涙を流し嬉しそうな顔でエルティナス王へ駆け寄り、そして抱いた。
エルティナス王「よく無事で帰ってこれたな!」
王の娘「パパ! 怖かったよ」
エルティナス王「ところで、付き添いは会ったのか?」
王の娘「うん勿論。」
女戦士「その付き添いはあのリックス達の事ね」
王の娘「そうよ。 ねぇ、おじさんとお姉ちゃんは私を助けに来てくれたの。
でも、今はいない。 私がここで目が覚めた時にはおじさんとお姉ちゃんはいなかった」
男戦士「逸れたのか?」
男戦士の問いに王の娘は首を左右に振りながら否定する。
王の娘「私はあの時気絶したから、全然分からないよ」
女戦士「じゃあ、リックス達はまだ…」
王の娘「そうかもしれない」
女天使「じゃあ、娘が何故か近くで発見されて、リックス達は向こうにいるって事よね…」
もし危機に迫った時、救出に向かったリックス達が王の娘に瞬間移動魔法を掛けて、
避難場所の近くへ転送されたら理解出来るかもしれないが、今回の場合は彼女は何処かで
気を失い、気がついたら避難場所のテントの中にいたと言う。
その余りの不可解さに戦士達とエルティナス王は頭を大いに悩まされ、そして首を傾げてしまった。
女魔術師「では彼等は一体どこにいるのでしょうね…?」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
〜 黒い大型飛行機 〜
戦士達やエルティナス王がリックス達の行方に悩ませている間、エルティナス国の上空で
あの黒い大型飛行機が両翼に付く巨大なブースターで火を噴かしながら浮遊し続け、
尚もそこで止まったままになっている。
再び、この地で有害廃棄物の放出を行われようとしており、今、下部のハッチが開きだした。
〜 司令室 〜
部屋は縦長の広さを持ち、司令室の入り口の先から見て右から左まで強固な大型ガラスが張られている。
その下で液晶モニターのコンピュータや様々な計測装置が揃えられた装置が並んでいた。
司令室の中心にあるやや高い段差の上にある椅子で一人の司令官が装置の前にいる兵士達に、作業の指示を行っていた。
そう、その指示の内容は汚染廃棄物の地上への投下である。
地上へ投下された有害廃棄物は、それに含まれる薬物反応で
生物兵器の死骸や機械等あるゆる物を融合し、異形の怪物が誕生する。
異形の怪物は自我を持たず常に飢餓感、攻撃的で獰猛であり、人間を含む地上に住む生物達を、
自分の領域を侵す排除すべき対象、自身の飢餓感を潤す為の対象、と見なし
その生物を見かけては殺し、そして飢えがあれば食してきた。
また、殺傷された生物の中には異形の怪物の体内にある薬物汚染された血により、死体から異形の怪物の仲間として蘇生する。
このプロセスにより、増殖の繰り返しを経てやがて群れとして形成する。
異形の怪物の群れは,己の本能により、エルティナス国を襲いそして滅びかけの状態へ追い込んだ後、
ヴェレン地方全体へ広まっていき、さらに越境先にある山賊の村まで及んでしまった。
部下達はその指示が地上で大規模な被害を拡大している事を認知しており、
異論や躊躇いも無しに従い続け、黙々と作業を行っていた。
人情無き無慈悲さである彼等は、司令官以外、アンドロイドである。
アンドロイドである彼等は、司令官が打ち出したプログラムの基で動いている。
まさに、操り人形だ。
廃棄物の投下準備に入った頃、司令官は急遽、部下達に作業の停止を指示する。
司令官が一時の休憩を味わう為だ。
彼は自分の席を立ち.部屋の隅に設置されているドリンクバーの機械に立ち寄り、
機械の下にコップを置き、スイッチを入れてコーヒーを入れた。
司令官「飛行機に溜め込んでいるゴミを出すというのは、
トイレで用を足す時と同じく気持ちいい」
そう呟きながら、コーヒーに苦味を減らす角砂糖を入れる。
司令官「再び、この未開の世界に来たか…」
そう言いながら、角砂糖が溶けるまで掻き混ぜ続ける。
司令官「廃棄物で誕生したあの化け物を採取する計画が盛り込まれているが、
あの凶暴さなら、沢山持って帰りたいところだ」
彼の発言には、有害廃棄物で誕生した異形の怪物を生物兵器の候補の対象であるらしく、
有能な物が多数存在すると判断すれば、今日中に採取に取り掛かるつもりだ。
司令官「上手くいけばコストダウンに繋がる。 いいリサイクルだ。」
異形の怪物の生物兵器化には大幅なコストダウンが繋がる。
その目論みがすんなり行くと思い、口から怪しげな笑みを浮かべる。
司令官「俺の行いが未開の世界での地上が大変な事が起きているが、
そんなの気にはしない。 全ては満足を得る為にある。
文明も民度も低いこの世界で、俺とこの飛行機の存在を知る筈が無い。
…そろそろ、作業に戻ろうとするかね」
彼が全ての角砂糖を溶かし切った後、席を戻ろうと後ろに振り向いた。
その直後、彼の気の緩んだ表情が一変する。
司令官「なっ!?」
彼の目の前にいるのは、二人の若い男女が立っていた。
司令官は一瞬、驚いた。 何せ、この部屋には司令官と彼に従う部下のアンドロイド達しかいない。
異様な臭気が漂う二人に思わず鼻を摘む彼は、二人を見て侵入者と認識する。
司令官「貴様等がこの船内に乗り込んだ侵入者か?」
男「あぁそうだ」
司令官は前に、侵入者が船内に乗り込んだ事を室内の警報に気づき、直ぐにモニターで確認。
侵入者の姿を見ると、全く気にしなくなった。
何故なら、船内の至る所に戦闘能力が高いアンドロイドが多数配置しており、
相手が科学技術が未熟で文明の低い世界で暮らす人間だから、そう容易く考えていたのである。
だが、侵入者が目の前におり、彼の安易な考えは脆くも崩れ去ったのである。
女「貴方の目的で、こっそりと聞かせてもらったわよ」
男「俺達をこの世界の人々を、ボンクラ呼ばわりするとはな…
そんな貴様に一言を言わせてもらおう。 まず、”この世界へようこそ”だな。
次にだ…
貴様に、怒りの拳をその場でプレゼントしてやるぜえぇ!」
悪辣極まりない司令官に怒号を吐きつけると同時に、
強く握りつぶした拳を司令官の頬に一発ぶちまけた。
司令官「ぐわああっ!!」
男の鉄拳に打たれた司令官はその場でよろめき、手に持っていたコーヒーが自分の服に掛かった。
司令官「アチィ! 俺の服がぁっ!」
男「お前の服は洗ったら落とせるが、罪はどんなに洗っても落とせはしねぇ。
俺たちはエルティナスの無念を怒りに変え、それを貴様等にぶつける為に此処に来たんだ。
その場で思い知らせやるあぁっ!!」
そう言うと、男は飛行機の操縦機能を持つ制御装置に向かって数十発の電撃を放った。
装置の前に座っていたアンドロイドはその電撃に巻き込まれ、装置の大破と共に爆散、
ロボットの破片が床に撒き散らす。
司令官「貴様あぁっ! よくも、俺の一時おおっ!」
女「黙らっしゃい! 私からもアンタにプレゼントがあるのよ」
女は司令官の背後に回り込み、腕で司令官の首を一時的に絞めた後、再び正面に回りこみ、
司令官を両手で持ち上げ、女の頭上にグルグルと回った後、前方へ投げ飛ばした。
司令官を痛め付けた男女二人の正体は、
女神エルティナスから転送魔法で此処に送り込まれた戦士であり、
その名はそう、リックスとエリーナである。
投げ飛ばされた司令官は液晶モニターに向かって、
ガラスが割れる音と同時にモニターの内部へ顔から突っ込んだ。
二人の攻撃で破壊された部屋中の制御装置が閃光を放つ火花をドス黒い煙を上げた。
リックス(男)「ふっ、どでかいお返しをしてやったぜ」
エリーナ(女)「えぇ、恨みをぶつけてやったわ」
二人が司令官を気が済むまで痛めつけた後、すっかり疲れ顔になっていた。
直後、リックスはこの機体に異変を感じ始める。
リックス「んっ? ここ、何か傾いていない?」
エリーナ「そうね…、何か落ちて行く様な感じで…
リックス、大変よ! 墜落するわ!」
エリーナが落ちる様な感覚を得た後、黒い大型飛行機が墜落の前兆であると分かった。
リックス「おい、それって大変じゃねーか! 急いで、ここから脱出するぞ。
…と言いたいところだが、どうやって脱出する? ここが空中にいるような場所だからさ。
大怪我を覚悟して、飛行機から飛び降りるか?」
エリーナ「馬鹿な事言わないでよ! 城の高いところから落ちた時に、
ダメージを軽減出来る魔法を掛けても、死にかけの様なものだったのよ」
リックス「くそぅ、どうすりゃあいいんだよ」
そう悩んでいる内に、徐々に下へと傾きだし、ついに角度が真下へと変わった。
リックス達は、その傾きという重力に釣られて落下。
エリーナ「ぎゃああああ!! 」
リックス「は〜わ〜い〜あ〜ん!!」
断末魔を上げた後、二人の顔面は司令室の前面ガラスの上に激突する。
エリーナ「いやぁっ! このままだと墜落による爆発で、見るに耐えない姿になって死んでしまうわ。
誰かが私の姿を見てしまったら、私の故郷の国が今頃、悲しみに…」
リックス「大丈夫だ。 そん時は爆発の炎で消し炭になるから、
誰から見たって俺達である事、分かりゃしないよ」
エリーナ「そうね…、てっちょっとぉ! アンタ、そんな冗談飛ばさないで。
ここで、しぶとく生き残る術を考えるのよ!」
リックス「う〜ん、この状態だと祈るしかねぇな。 爆発に巻き込まれても、生きてられるかだ」
エリーナ「もうアンタはいつから頭のネジが取れたの?
リックス「今だな…。 くそぉ、こんな時に救いの女神がいてくれたら…」
そう言った直後、二人の周りに無数の光の雫が現れ、それが二人の全身を包み込むと、
眩い光が発光し、光が消えるとその場にいた二人の姿が消えていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
〜 空中 〜
制御を失った黒い大型飛行機は地上へ急降下。 そして…
ドガァーーーーン!!
ついに黒い大型飛行機は、先端部から地面に激突。
その衝撃で機体が歪みでぺしゃんこになり、大爆発を引き起こした。
〜 平原・エルティナス国の避難場所 〜
エルティナス王「何じゃ! 地震か?」
女天使「いやっ、これは爆発の衝撃よ」
王の娘「何処から起きているのかしら?」
女戦士「あっ あそこだ!」
女戦士は指を刺した。 指先を向くと、
20km先で向こうの草原で大規模な火災が起きていおり、地上から燃え上がる幾つかの炎と上空舞う黒煙が立っている。
草原での火災はふつう、長く続く高温と乾燥した空気が火災の要因と言われているが、今回は違った。
この日が湿った空気が漂っており、火災が起きるとは考え難い。
向こうで、何によって爆発が起き、火が燃え上がったのか、そう考えたが…
女魔術師「目で確かめるしかないわね」
男戦士「それしかないな」
エルティナス王「ワシも王として目にしなければならぬ」
結局、行くしかないという方向へ決着が着いた。
その後、現地確認により、戦士達やエルティナス王、王に付き従う優秀な兵士が火災現場へ急行する。
向こうでは黒い大型飛行機が墜落している。
リックス達は墜落前に謎の光で消え去った為、飛行機にはいない。
もし、謎の光が転送魔法であるならば生きているという事になる。
そうなれば、リックス達は飛行機での最後の戦いから無事に生還を果たし、全ては終結する。
…そう思われた。
だがこの後、エルティナス国にとって、
史上最大の悲劇が訪れ、それが永遠と語り継がれる事になる。