荒野は、まだ熱を帯びていた。
砕けた岩が赤黒く焼け、空気の奥でパチパチと電気が弾けている。
風が吹くたび、焦げた砂が舞い上がり、視界の向こうに巨大なクレーターが口を開けていた。


正男「はぁはぁ…」


正男は荒い息を整えながら、両手を見つめた。
つい先ほどまで、その掌から放たれたファイアーボールが、荒野を裂くように飛び、暗黒の電気と激しくぶつかり合っていたのだ。
炎と闇の稲妻が衝突した瞬間、世界が白く反転し、次の瞬間にはダークピカチーの身体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

耳がつんざく程の轟音。

地面が沈み込み、爆発のように砂と岩が吹き飛ぶ。
そうして出来上がったのが、今、正男の目の前にあるクレーターだ。


正男「これが奴の本気か…? 危なかった。 いつもの調子で構えたら、俺は荒野で野垂れ死んでたかもしれない」


信じられない、という思いが先に立つ。
前回、前々回と戦った時とは、明らかに次元が違った。
時間さえかければ倒せるだろう…、そう軽く思っていた。
だが、実際に勝利を目の当たりにすると、胸の奥がざわついて仕方がなかった。

クレーターの中心で、瓦礫が動いた。


ダークピカチー「あぁ…、いてててて…」

くぐもった声が響く。
ダークピカチーが、ゆっくりと身体を起こした。
全身は煤にまみれていたが、直ぐに身体を強く揺さぶり、煤を払いのける。

ダークピカチーは苦笑するように肩をすくめ、その場に座り込んだ。


ダークピカチー「参った、参った…。 お前はゴミクズ野郎じゃねぇ。 
俺が思った通り、アンタはミウセカンドを打ち冒しただけにある正真正銘の戦の男だ」

正男「お前…、嬉しそうにしているな?」

ダークピカチー「お前と戦うのが本望だからさ」


三度目の決戦で敗北に喫したダークピカチー。 

だが、負けたにも関わらず、満足している。 
悔しさや憎しみが微塵も感じられず、かなり晴れやかな響きをしている。


ダークピカチー「じゃっ、アンタは先に行っていいぜ。 …ところでよ、正男。
この先は火山だ。 一体そこで何しに行くつもりだ?」

正男「ミウセカンドの野望を止めに行くんだよ」

ダークピカチー「ミウセカンドの野望?」

正男「そうだな…、お前は洗脳されて俺と戦うように仕向けてたから何も分からないんだな」

ダークピカチー「ちょっと待て! どういう事を言ってるんだ? 
俺と戦うまで一体何があったのか聞かせてくれねぇか?」

正男「へっ…」


コガがとある悲劇がもとで、洗脳電波を使ってペットモンを操り、世界の根底を歪な方向へ覆させた事。

ミウセカンドも、コガと同じくペットモンの安寧の名目で人類に反旗を翻している事。

ピカチーが、ミウセカンドとコガに洗脳され、ダークピカチーになった(…と思われる)事。


正男はこれまでにあった出来事をダークピカチーに説明した。 


ダークピカチー「おぉっ!? 俺が特訓している間にそんな騒ぎを起こしているのか?
ミウセカンドはペットモンのてっぺんと聞いたが、気の短さもてっぺんだったとはなぁ…」

正男「
じゃあコガとミウセカンドの関係は?

ダークピカチー「
無い


どうやらミウセカンドとコガに洗脳され、配下にはなってはいなかった。


…ならば

何故、どういった経緯でクリスのピカチーがダークピカチーになっているのか?

何故、正男と戦わなければならなかったのか…? 

どうも腑に落ちない。


正男「アンタは…、一体何なんだ…?」

ダークピカチー「おぅそうだな。 勝ったご褒美に"俺"は何かお前に教えてやろう。 いいな? 俺が言った事を信じてくれよ。


俺は、ピカチーに憑りついた"幽霊"だ!

正男「……は?」


幽霊…、信じられない言葉に正男は思わず間の抜けた声が出る。
ダークピカチーは気にする様子もなく、続けた。

ダークピカチー「信じづらいだろうな…。 
あと、正確には、幽霊“たち”だな

正男「幽霊…たち?」

ダークピカチー「そうだよ、俺はペットモン達の幽霊だ。
もっと細かく言えば、

日常の穏やかな暮らしよりも闘争を求める一部のペットモン達という事だ


正男「そういや…、そういうペットモンもいたな」

ダークピカチー「
闘争心のある一部のペットモンの界隈じゃ、お前は有名なんだ

正男「俺が…?」

ダークピカチー「そうよぉっ! 
お前は一度、てっぺん(ミウセカンド)に勝ったんだろ?
そんなお前を伝説みたいに語られてる」

正男「えぇ…」

正男の胸が、どくりと鳴る。

ダークピカチー「お前と戦いたいと夢見ていた連中は寿命でこの世を去っても、その憧れを捨てきれなかった」 

正男「その情念が元で幽霊に?」

ダークピカチー「ああ、そうよ」


ダークピカチーは、腕を組んで、仁王立ちをしながら語り続ける。


ダークピカチー「幽霊なった連中は正男と戦う機会を手にするべく、この世を放浪していたが、転機が訪れた。
それはクリスの下から離れたペットのピカチーと接触した事だ

正男「…!?」

ダークピカチー「
クリスの下にいたピカチーも『お前と戦いたい』という気持ちが凄かった。
そいつに話したら、意外とピカチーも納得した。

そして、連中はピカチーを宿主として乗り移り、一心同体。 
そうして生まれたのが、俺様だ


正男「じゃあ、戦いたいと言う理由でピカチーを憑りついて…、ピカチーの意識はどうなんだ?」

ダークピカチー「心配なさんな正男。 宿主であるピカチーもちゃんと意思があって、意識がある。 命には別条ねぇ」 


正男は、ゆっくりと息を吐いた。

正男「という事は俺はペットモン達…、
いわばペットモンの幽霊の集合体とクリスのピカチーと戦っていた訳か…」

ダークピカチー「ふふふ…、創作よりも奇なりって事よ」


ダークピカチーの正体を聞いた今でも、
胸の奥は整理しきれない感情で満たされている。

ミウセカンドとコガに洗脳されて敵とされた存在は、
憧れと執念の集合体であり、過去に正男の背中を追い続けたペットモンたちの残滓だった…。


正男「うぅむ…、信じがたいが、ここまで言われるなら信じるとしよう。 じゃあな」

ダークピカチー「ちょっと待ったぁっ!」


気軽な声が背後から投げかけられる。
正男が振り返ると、ダークピカチーがすでにクレーターを抜け出し、並ぶように立っていた。
さっきまでの死闘が嘘のように、気迫を取り戻している。


ダークピカチー「ミウセカンドが騒ぎを起こしているなんて知らなかったんだぁ!」

正男「まさか…?」

ダークピカチー「
だから戦うんだよ。 ミウセカンドによぉ。
何の為にもならねぇゴミクソみてぇなエゴの塊で俺達ペットモンが振り回されるのは俺にとって溜まったもんじゃねぇからな」

正男「ミウセカンドの力の怖さを知っているのか?」

ダークピカチー「あぁ知らねぇな。 
だが、今起きている悲劇に挑んでいるお前の空気を読まず、
時間を食い潰した事を俺と(クリスの)ピカチーは申し訳なく思っている」


拳を握り、腕を曲げながらミウセカンドの戦いに組もうとするダークピカチー。


正男「お詫びのつもりだろうが、俺は一人で十分だ。 気持ちだけ頂く事に…」

ダークピカチー「これは義理だ! 足手まといと思われてもお前に付いて行くぞ」


ダークピカチーは一歩踏み出し、正男と視線を合わせる。


正男(うぉっ…、こいつらの情念は凄まじいな)


ダークピカチーの強い瞳…、覚悟が固まっている迷いのない瞳。
戦うと言う意思は本物。 嘘はない。 宿主のピカチーも同じ事を抱いているのであろう。

風が二人の間を吹き抜け、砂が足元を流れていく。


正男「…死ぬかもしれねぇぞ」

ダークピカチー「ひょっとしたら俺がいなかったらお前が死ぬかもしれねぇぞ」


正男は、しばらく黙り込んだ。
火山の方から吹く熱風が、頬を撫でる。
この先が、どれほど危険かは分かっている。
だが、ダークピカチーは退けない以上、返す言葉はただ一つ。


正男「お前の一点張りには叶わないな。 分かった。 危なかったら逃げるんだぞ」

ダークピカチー「逃げはしねぇぞ」


二人は車に乗り込み、走り出す。
荒野の道は、夕焼けに染まり、火山へと続く一本の線のように伸びている。

一人で向かうはずだった決戦の地。
しかし今は、ダークピカチーが加わり二人。


(……やれやれだ)


正男はそう思いながらも、心も片隅でつい、こう思ってしまった。
きっと頼もしい存在になるかもしれないかなと…




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